【小説】サカマトリョシカ 1
- ニョロ太
- 2020年3月25日
- 読了時間: 9分
更新日:2021年2月18日
これは、ハチさんの楽曲『マトリョシカ』から構想を得た物語です
しかし、二次創作と言えるほど楽曲に順守していません
ほとんど別の物語です
ご理解の上、ご覧ください。
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ちょっとだけ、空物語に付き合ってくれない?
誰かに聞かせられるようなものでもないんだけど、やけに長く考えすぎちゃって。
誰かに一度話しておきたいんだ。
これは、私たち二人が変わるためのお話。
1.世界はサカサに回りだす
「ここは、どこ?」
と言ったら、記憶の有無に関わらず、「私は誰?」と続けたくなる。
実際、女の子もそうだった。
そう、この話の主人公は女の子。名前は後程。
目が覚めると、女の子は知らない部屋にいた。
おそらく女の子―主人公のことじゃなくて、一般的な括りの方の“女の子”―の部屋。
(それじゃあここは、私の部屋?)
違うと思った。
置かれた家具や、かけられている制服など、部屋のどれも見覚えがなかったから。
名前を確認しようと、教科書を一つ引き抜く。
すると、ガツンと殴られたような頭痛がした。
「痛っ!!」
教科書を手放して頭を抱えていると、頭痛はそれだけですぐに引いた。
気を取り直して、教科書を手に取ると、また強打されたような痛み。
教科書を置くと、痛みが引く。
それなら、とノートや別の教科書を取り出しても、名前を見ようとすると、頭痛が邪魔をする。
(どうして?)
考えてもわからない。
分からないなら仕方がないからあきらめて、部屋を出ることにした。
「パジャマで外には出れない。
てきとうに一着借りよう。」
クローゼットを開けるが、困ってしまった。
どの服もピンとこなかった。
「私って、どんな服が好きだっけ?」
と考えてから、女の子は自分の記憶がないことに気が付いた。
うんうん唸っても、思い出せない。
服を体に押し当てて姿見で確認しても、何も思い出さない。
そればかりか、またガツンとした頭痛に襲われた。
(ああ。思い出しちゃいけないやつだ、これ。)
部屋のものと自分の記憶を結び付けようとすると、アウトらしい。
容赦なく打つような頭痛がする。
余計に考えだしそうになる頭を、慌てて振って空っぽにする。
(何も考えるな、馬鹿になれ!)
「頭痛くらい我慢したらいいのに」と思うだろうけど、内から外からハンマーで殴られ続けるような痛みは、我慢なんてできたもんじゃない。
少し我慢しようとしただけで、頭があとちょっとで割れるんじゃないかと思うほど。
それだけ記憶を取り戻すまいとしてるのは、自分の頭なわけで。
そこまでして拒絶する記憶を、そこまで苦しんで取り戻すのはあまりにも割に合わない。
どんな記憶かすらもわからないのに。
「とにかく、ここにいちゃいけないんだ。
早く出よう。」
当たり障りない赤ジャージを見つけたから、それに着替えた。
サイズはぴったり。
「やっぱり、この部屋……。」
と考えるより早く、責め立てる様に頭痛が女の子を襲った。
ガンガンガンガン
(釘でももう少し優しくされるよ!)
嘆いても、何も変わらない。
「分かった。出ていく、出ていくから!!」
女の子は部屋から飛び出して、無心で逃げた。
・・・・・
どのくらい走ったのか。
頭痛がすっかり引いたころには、女の子はもうヘトヘトだった。
周りの景色にはやはり見覚えがない。
どこをどう来たのか分からないから、元居た部屋がどこにあるのかも全く見当がつかない。
女の子にしてみれば、願ったり叶ったりかもしれないけど、
(とりあえず、どこかで休もう。疲れちゃった。)
ちょうど小さな公園があったから、ベンチがないか見回した。
そこで、ブランコに腰掛ける誰かがいた。
パッと見、蛍光グリーンの生き物―長い耳が生えている―がブランコに乗っているのかと思った。
よくよく見ると、それは女の子の方に背を向けて座っている人影。
オーバーサイズのパーカーを身に着けていたから、体がすっぽり覆われて奇妙な生き物に見えただけ。
顔は見えないが、中学生くらい。
(どうしてこんなところに一人なんだろう。)
軽くブーメラン。
(声をかけたほうがいいかな。余計なお世話かな。)
と迷いながら、女の子がよたよたその子に近づくと、足音に気づいたらしい。
女の子が声をかける前に、その子は振り向いた。
その顔を見た途端。
(声をかけようなんて、思わなければよかった!)
その子の顔には、「=」とか・とか記号みたいな模様がペイントされてて。長い前髪から覗くギョロっとした目と、パーカーについている大きな目玉が女の子をにらみつける。
要するに、変な恰好ってこと!
(今から目線をそらしたら、知らない振りできるかな。
って、しっかり目が合っちゃったよ!
挨拶くらいする? 今って何時?)
おたおたしていると、じーっと女の子を見ていたその子が、
「なに?」
細くて高めの声を聞いて、男の子か女の子か、少し気になった。
それでつい、反応が遅れていたら、
「なにか用?」
さっきより低い声。
(何でもいいから、何か言わなきゃ!)
慌てて口から出たのが、
「こんなとこに一人で何してるのかな、って思って。」
軽くブーメラン。
するとその子は鼻で笑って
「は。オバサンにはカンケーなくない?
てゆーか、オバサンこそ何? 深夜徘徊?」
「お、おばっ!?」
女の子が驚いたら、その子は口の端だけ釣り上げてニヤニヤ。
「なにか?
オ・バ・サ・ン?」
って、ものすごく失礼に笑う。
憎たらしい! って怒るところだろうけど、女の子は
「……おばさん、なのかなぁ……。」
ちょっと落ち込んだ。
何なら、健忘症か認知症を疑った。
「えっ」
もともと、からかうだけのつもりだった緑パーカーはうろたえる。
「知らないよ! オバサンかどうかなんて、アンタが一番よくわかってるでしょ!」
と、半ギレで女の子にまくしたてた。
「それが、分からなくて。」
「は? 認知症?」
「そうだったらどうしよう。」
「知らないよ。」
「自分の年齢が分からないの。名前も、住所も、何も。
私、記憶喪失かと思ってたけど、認知症なのかもしれない。」
女の子が当然のように言うと、緑パーカーの子は呆気にとられて、しばらく口をパクパクしていた。
ようやく絞り出したのが、
「重症じゃん」
「そうなの。あのね、」
「いやなんで隣のブランコに座るの?」
「小さいわね、これ。壊れそうで怖いわ。」
「アンタがでかいからね。」
「あ、そうそう。それで、実は、目が覚めたら知らない部屋にいて……」
と、女の子は、それこそオバサンみたいに手を振り振り、ここまでの話をした。
一通り話を聞かされてのその子の感想。
「それ、認知症じゃなくて、記憶喪失じゃね?」
「そうなのかしら。」
「そうでしょ。」
パーカーの子は、ブランコを漕ぎ始める。
「記憶喪失って、本当にあるんだ……。」
ふーん、と何か考えこんでいる。
しばらくして、いきなりブランコを止めた。
「分かった。じゃあ、ボクも記憶喪失になる。」
「え?」
正直、その子に何が分かったのかは分からなかった。
だけどその子は既に「ココはドコ~?ワタシはダレ~?」とその場でくるくる回ってる。
「記憶喪失なんて、やめたほうがいいよ。」
女の子が言うと、その子の動きが止まる。
振り返ったその子の顔は、無表情で、フードを目深にかぶっているせいか、少し怖く感じた。
女の子に困った顔を見て、すぐにパーカーの子は口元だけでニコと笑う。
「じゃあ、アンタも全部思いだしたらいいんじゃないの?」
その雰囲気に、女の子は押し黙るしか無かった。
少しの沈黙。
「じゃあさ、お互い記憶喪失ってことでさ、この辺回らない?」
パーカーの子がニヤニヤ笑って言った。
「なんでまた?」
ちょっと困った顔をして、女の子が聞く。
するとその子は余った袖をくるくる回しながら、
「えーと……、あっ、ホラ、ここで会ったのもナニカのエン。っていうじゃん?」
女の子はさらに眉のハの字を急角度にして、
(あまり記憶を記憶を触発したくない、って伝わらなかったのかしら。)
ため息をつきながら、ブランコから立ち上がる。
その子は「お!」と顔を輝かせる。
「ボク、一人だと心細いからさー。
ホラ、ボク記憶喪失じゃん? 迷子になっちゃうかも!」
「私も記憶喪失だから、迷子に対して効果はないと思うわよ」
「なんでもいいよ。」
その子は、女の子のジャージの裾をつかんで、公園の外に引っ張っていく。
女の子も、されるままに大人しくついていく。
(この子は一体、何が目的なんだろう)
緑パーカーの行動の意味が分からず、女の子はその子をまじまじと見る。
なんだかウキウキ楽しそう。
ちらりと振り返ったその子と目が合った。
女の子の困った顔を見ると、またニヤッと笑って、
「ホラ、こっち行くよ!」
とジャージの裾をさらにぐいぐい引っ張る。
なんとなく、緑パーカーの行動原理を察した女の子はつい、さらに困った顔をする。
(なんだかめんどくさいことになった気がする……)
とはいえ、記憶を取り戻さないとしても、一人で知らない場所でいるのは不安。
誰かと一緒に行動していると、それだけで何となく安心するのだ。
体育の時間に作らされる、バディみたいなもの。
(考えすぎで、思い出したくないことを思い出さなくていいし)
女の子がジャージを引っ張るのをやめてほしい、と声をかけようとして、緑パーカーの子の名前が分からなくて、詰まった。
「あなた、名前はなんていうの?」
「知らない。」
振り返らずに、そっけなく答える。
「じゃあ、なんて呼べばいいかしら。」
「うーん、そうだなぁ……」
余った袖を顎に当てて、ちょっと考えた後、
「じゃあ、――中性色!」
エヘンと胸を張った、中性色。
「チューセーショク? って、本名? 変な名前ね。」
「本名な訳ないでしょ。どういうセンスしてんの。」
「こっちのセリフでもあります。」
「変」と言われて、中性色はなぜか嬉しそう。
「で、アンタの名前は?」
「何て呼べばいい?」「なんでもいいから言って。」という意味なのは分かっていた。
だからと言って、すぐに「何」とは出てこない。
赤ジャージだから、「アカネ」とかいろいろ言ってみたが、どれも却下されてしまった。
「じゃあもう何でもいいよ。」
女の子が諦めて言うと、中性色の目が、ギランっと光る。
「今、“なんでも”って言った?」
「う、うん。」
「じゃあー、ねぇー。」
中性色はニヤニヤしながら、芝居じみた動きで腕を組んで、顎に余った袖を添える。わざとらしく唸ったり、女の子を足先から頭まで、舐めるように見たり。それから、「決めた!」とニヤリ。
中性色は胸を張って、女の子をびしっと指さす。
「キミの名前は今から、ヒキニート、だ!」
「なぁに、それ」
記憶喪失の女の子には、聞き覚えのない言葉。
(ヒキニート……。ヒキミート……。ひき肉?)
「引きこもりのニートのことだよ。
キミ、赤ジャージだし。」
女の子には、赤ジャージとヒキニートとのつながりが分からなかった。
「なあに、嫌なの? “なんでもいい”って言ったよね?」
中性色はプププと口元に手を当てて、含み笑う。
「別に、いいけど。」
「いいの⁉
アンタ、どういうセンスしてんの⁉」
「こっちのセリフでもあります。」
まさかヒキニートをを承諾されると思ってなかった中性色はぎょっとする。
対して女の子(暫定ヒキニート)はけろっとした顔で続ける。
「本当にそうなのかもしれないし。
基本的にその単語で呼ぶのは中性色だから。」
「別のにさせてください。」
人にはヒキニートとか名付けるくせに、自分で呼ぶのは嫌らしい。
今度はちらっと、でも真剣な目で女の子の顔を見て
「じゃあ、“カミキ”。」
「カミキ?」
「カミキっぽい顔してるから。」
「カミキっぽい顔。」
「隆之介じゃないよ。」
「だあれ、それ。」
女の子は部屋で一瞬見た自分の顔を思い浮かべる。
(これがカミキっぽい顔なのね。)
やっぱり、やっぱり中性色の感性は分からなかった。
(まあいいか。)
「じゃあ、それで。」
女の子、――改め、カミキがうなづいた。
中性色は満足そうに、ニッと笑って、
「よーし、じゃあれっつごー!」
中性色が、カミキのジャージの裾をつかむ。
「あ、中性色、これ、借り物なの。
あんまり引っ張らないで」
カミキが言うと、その子がまたニコニコ笑って、大げさに裾を振り回し始めた。
(……面倒くさいのに変わりはないな……)
カミキはその子にバレないようにまたため息をついた。
そのまま、カミキはその子に引っ張られるまま、大通りに向かった。
この時、誰も教えてはくれなかったけど、確実に世界はサカサに回り始めていた。
ここまでが、二人の出会いの話。
これからが本番。
なんだけど、ちょっと話が長かったかな。ついつい、話しすぎちゃった。
ちょっと休憩しようか。
気分になったらまた。
つづく
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ここまでご覧いただき、ありがとうございました。
良ければ次回も読んでいただけると嬉しいです。
それでは。
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