【小説】サカマトリョシカ 2-1
- ニョロ太
- 2020年11月8日
- 読了時間: 19分
更新日:2021年2月18日
これは、ハチさんの楽曲『マトリョシカ』から構想を得た物語です
しかし、二次創作と言えるほど楽曲に順守していません
ほとんど別の物語です
ご理解の上、ご覧ください。
ーーーーーーーーーー
「やめなよ」
という言葉を何度頭の中で繰り返しただろうか。
頭の中だけで、口から出たことは一度もない。
多分これからも口に出すことはない。
2.
この話の舞台は、Q市。都会というには発展していなくて、田舎というには自然が少ない、これといった特徴のない街。
カミキが目を覚ましたのは、Q市の住宅街にあるマンションの一つ。
そこからどこをどう行ったのかはわからないが、住宅街にある小さな公園で、中性色と出会った。
次に二人が向かっている(中性色がカミキを引きずっていっている)先は、大通り。
大通りはQ市で一番にぎわう通り。駅や商店街や繁華街、その他もろもろ、どこへ行くにも大通りに出れば大体たどり着くことができる。駅近を謳う商業施設や私立高校なども大体大通りにある。
逆に言えば、なんとなく歩いていくと大体大通りにたどり着く。
歩いているうちに、カミキは違和感を覚えた。
しかしそれはなぜなのかはわからない。
しばらく歩いていると、カミキのジャージの裾に飽きていた中性色が立ち止まった。
並んで歩いていたカミキも、つられて立ち止まる。
「どうしたの?」
カミキの質問を無視して、スマホを袖口から取り出す中性色。
「袂みたいなのね、その余った袖」
「萌袖だよ。かわいいでしょ」
中性色は両手を顔に近づけて、上目遣いに首をかしげる。
「ほんとだ、かわいい!」
カミキがパチパチ手をたたくと、中性色はちょっと驚いたような顔をして、
「あっそ。そんなことはどうでもいいの」
口をとんがらせて、スマホを操作する。
(怒っちゃった。
嘘みたいに聞こえたのかしら。本当にかわいいと思ったのだけど)
ちょっと反省。
中性色は確かめるように何回か同じような動作をしてから、ふーん、と不満げな顔をしてスマホをまた袂、じゃなくて萌袖にしまった。
「なにかあったの?」
カミキがもう一度聞くと、中性色は今度はカミキのほうを見て。
「なんか変じゃない?」
カミキは、先ほどの理由がわからない違和感を思い出して、うなずく。
中性色は意外そうな顔をして、
「何が?」
「それは……、分からない」
中性色が小馬鹿にするように鼻を鳴らす。
「静かすぎるんだよ」
言われてやっと腑に落ちた気がする。
住宅街にしては、人の気配が全くない。不気味なほどに静か。
ここまででカミキが出会ったのは中性色だけ。それ以外に、人も動物も見ていない。
それどころか、足音や車の音、鳥の羽ばたく音、その他、おおよそ街中で自然と聞こえてくるはずの音が、何も聞こえてこない。
ジオラマのように建物を配置して、それだけ。建物そのものには人が住んでいるような生活感があるために、余計に違和感があったのだろう。
「もとからこんなに静かだったってわけではないのね」
「そりゃそうでしょ。こんな街あってたまるかっての」
カミキって世間知らずなの?と聞いてくる中性色に、多分記憶喪失のせいじゃないかな、と答える。
「誰もいないし、お店も閉まってたから、そういう時間帯なのかと思ったの」
カミキの記憶では、目覚めた部屋の時計は4時ちょうどを指していた。
アナログ時計のため、午前か午後かは定かではないが。
こんなに静かなら、今は朝で、だから人はみんな寝静まっているのだろう。それでもあまりに静かだけど。
「そういう時間帯ぃ? ここら辺の人は、午後4時になったら全員家にこもって、音をたてないようにしなきゃいけない決まりでもあるの?
そんな話聞いたことないけど」
「え? 午後の、4時? 朝じゃなくて?」
「午後だよ。16時ジャスト!」
中性色が再び袖口からスマホを出して、カミキの目の前に突き出した。
そこには確かに、[16:00]と表示されていた。
「ほんとうね」
その数字を見て、カミキはまた違和を感じる。
しかし、
「でしょ。16時なんて街に人が増え始める時間帯なわけ。なのにこんなに人がいないなんておかしいの」
などと続ける中性色に相槌をうっているうちに何なのか忘れてしまった。
「もしかしたら、この世界中からボクたち以外みィーんないなくなってたりしてね!」
にやつきながら、幽霊のように袖をゆらゆら揺らして、中性色がカミキに言う。
カミキはゾッとして、中性色に身を寄せた。
中性色は、寄られた分だけカミキから身を引く。
それに気づいたカミキは、シュンとして、寄った分だけ元に戻った。
それからまた、中性色を先頭に五分ほど歩いていると、大通りについた。
三車線の道路の脇に、木が等間隔に植えられた幅広い遊歩道。それを挟むように、ビルが大半、その他コンビニ、カフェ、歯科などが並んでいる。
目の前の交差点には、いつ設置されたのか、四面式信号機が真ん中に吊るされている。
その脇には「駅」とか「病院」とか重要な建物を示した看板と、それを圧倒する量の塾やら食事処の宣伝の看板が立っている。娯楽関係は大体、大通りに沿った矢印と「橋を渡って○分!」という文句が書かれている。
信号機は車両向けに黄色のライトを点滅させていた。
その甲斐もなく、車は一台も通っていない。通る気配もない。
道路は比較的まっすぐで遠くまで見えるが、どこにも車の影はなかった。
歩く人の姿もない。足音や車の走行音、動物の声もしない。
カミキはゾッとして、中性色に身を寄せた。
今度は中性色も距離を取らなかった。目の前の景色に気を取られていただけかもしれないけど。
おもむろに中性色がスマホを取り出して、操作する。
「ん?」
中性色が顔をしかめる。
気になって後ろからスマホの画面を覗くと、目が合った。
ギョッとしたが、よく見ると画面に何かのいきものの絵が映っていた。
フードにプリントされたのにそっくりの、大きな目玉の蛍光グリーンの謎の生物のドアップ。
(スマホのケースにも顔がついてたから、両面とも顔なのかしら)
おなかには[16:00]と現在の時刻が表示されている。
(16時ちょうどだ。
16時……午後4時ちょうど?
あの部屋にいたときも、この通りにつく前も4時ちょうどだったのに?)
もう一つの違和感の正体。
それは、いつまでたっても4時のまま、時計が進んでいないこと!
「そうか!」
カミキの声に中性色が振り向いた。カミキとの近さにギョッとするが、すぐに怖い顔になった。
「見たの?」
低い声。
「え、何を?」
カミキが、中性色が怖い顔をする理由が分からずにいると、
「スマホの画面! 覗くとかアリエナイんだけど! カミキはエチケットって知らないの!? デリカシーないよ! 信じらんない! そんなことする? フツー!」
キンと耳をつく高音まくしたてる。
それだけでは収まらず、萌袖を振りかざして、カミキに正義の鉄槌。
「ご、ごめんなさい……」
パンチはポスン、という音もしないくらい弱かったが、カミキの心には十分ダメージを与えた。
(もう勝手に人の携帯の画面を覗かないようにしよう……)
深く反省するカミキに、中性色が「ん」と言いながら右手を突き出す。
(仲直りの握手かしら)
萌袖の上から手を握ると、ものすごい力で振りほどかれた。
(ま、間違えた……)
カミキがぶるぶる震えていると、また中性色が右手を突き出す。
さらに不機嫌になったように見えるのは、気のせいではないだろう。
カミキは恐る恐る、右手でお手する。
前に、ものすごい速さで叩き落とされた。
「カミキのスマホも見せろって言ってんの!!!」
「言われてないよお!!」
半ギレの中性色と半ベソのカミキ。
「スマホ……って、中性色が使ってる携帯のことよね?
私、今何も持っていないのよ」
「はぁ?」
きれいな顔を、怒りで歪ませる中性色。もはや鬼を通り越して般若。
耐え切れなくて、カミキがそっと両手で中性色の顔を隠す。
中性色は手をどかそうとするが、カミキの方が力が強い。
しばらく無言で攻防戦が行われていたが、中性色の力負けとスタミナ切れで、カミキが勝利した。
「あのさぁ、何も持たずに外に出るって何? ジョーシキ無さすぎじゃない?」
地を這うような声の中性色。
(怖いけど、顔を隠したおかげでまだマシだわ)
ホッとするカミキ。
口には出していなかったがそれを察したのか、中性色の正義の鉄槌(萌袖)が再び炸裂する。
ごめんなさい。と弱弱しいカミキ。
「なんで手ぶらなの?」
「目が覚めた時には、何も持ってなかったの。
知らない人の部屋だから、勝手になんか持って行ってもいけないでしょう。
部屋を出るときは何も考えられないくらい、必死で……。」
「服は勝手に着てきたのに?」
中性色のトゲのある言葉にカミキは委縮して、ごめんなさい。という声がさらに小さくなる。
中性色は大きくため息をつく。
「ごめんなさいばっか言うのやめてくれない? ボクが悪者みたいじゃん。
言い訳くらいしたら?」
「ご、ごめんなさい。
あっ!」
カミキが両手で口を押さえると、中性色のジトーっとした目と目が合う。
「わざと?」
カミキは口を押さえたまま首を横に振る。
中性色がまたため息をつく。
カミキはびくっとしたが、怒ったわけではなさそう。
「もーいーよ。何に怒ってたのか忘れた。カミキが馬鹿すぎて!」
付け加えられた一言に、追撃、撃墜される。
(ごめんなさい……。)
口に出すとまた怒られそうだから、心の中で謝る。
「あーあ、何かひらめきかけたのに、忘れちゃった。」
「何か?」
この相槌は、口を押さえているので、声に出ていない。
「あ、そうだ!」
という言葉は、顔を上げた拍子に手が口元から外れたので、声に出た。
「中性色。それって、時間が止まっていることじゃないかしら。
いつまでたっても、午後四時から時間が進んでいないの。」
カミキの言葉に、中性色は一瞬怪訝な顔をする。
しかし、スマホを取り出して、時刻を確認すると、目を見開いた。
カミキの考察が正しければ、一連の喧嘩じみたものをしている間も、午後4時のまま。
「どう?」
中性色はむすっとして答えない。
しかし、スマホの画面をカミキに見せた。
ぐりん、と首を回して、全力で画面から目を背けるカミキ。
「見ていいから!」
「あ、はい」
カミキがスマホの画面を見ると、蛍光グリーンの生き物と目が合った。
おなかの時計は[16:00]。
「ああっ、やっぱり!」
中性色は袖口を口元に持って来て、考え込む。
「スマホに内蔵されてるのは電波時計のはずだから、ズレるわけない、はず」
確認のためにスマホを色々操作しているが、理由は分からないらしい。
「いつからだろ?」
誰に聞くでもなくつぶやく中性色に、
「私が目を覚ました時には4時だったわ」
カミキが答えると、中性色は「ふむ」と言って、目を伏せてまた考え込む。
「時計が進んでないってことは、もしかして、時が止まっているんじゃないかしら……!
そうなるとこの異様な静けさも納得がいくわ。誰も動いていないんだもの!」
興奮気味にカミキが推理するが、中性色はスルー。
「どうして無視するの!」
わめくと、中性色は鼻で笑う。
「時が止まるなんで、ありえないからだよ。そもそも信号機が黄色信号で点滅してるから、止まってないし。そう思う気持ちも分からないことはないけど。
仮に時が止まってたとして、どうしてボクらだけうごけるのさ」
「な、何か条件がそろっていたとか」
「ボクならともかく、カミキは何か他人と違う条件に当てはまる自信あるの?
それとも何かの主人公だと思ってるの?漫画の読みすぎだね」
ぐうの音も出ないカミキ。
中性色は考えがまとまったのか、顔を上げる。
「他の時計を探そう。4時のまま進んでないっていう確証を得ないと」
カミキは、分かった。とこぶしをぐっと握ってから、首をかしげる。
「今の状態では、確定できないの?」
「ボクのスマホが壊れてるとか、記憶違いって可能性もあるからね」
「なるほど」
(中性色は頭がいいのね)
これを口に出していたら、中性色は顔を赤くして怒っただろう。それに、実際中性色はそこまで頭がいいわけじゃない。
ともかく、そういうわけでカミキと中性色は、他の時計を探すことにした。
道沿いに時計は設置されていなかったけど、幸い建物や店はたくさんある。
手近な建物から、二人でガラス扉や窓に張り付いて、中にある時計を見ようとした。
街に他の人がいなかったからいいものの、人がいたら通報不可避な行動だったことに間違いはない。
時計は見つからず、あっちこっちを探すうちに、開いている店にたどり着いた。
24時間営業のファミリーレストラン。
入店のチャイムが鳴るだけで、中はしんとしていて、誰もいなかった。
「貸し切りみたい!」
「わーい、ボク、ソファ独り占めするー!」
中性色が窓際の広いソファに飛び込むのに、カミキもついていく。
二人とも、時計を探すという目標に気を取られて、人がいないという状況にすっかり慣れてしまっていた。
加えて、店内に入った途端、時計を探すという目的も頭の中から抜け落ちていた。
「ドリンクバー飲み放題じゃん! 入れてこよー」
「じゃあ私も」
「いいよいいよ。ボクが入れてきてあげるから座ってて」
「あら、ありがとう」
中性色は軽やかな足取りでドリンクバーに向かった。
残されたカミキは、初めて見る(行ったことがあったとしても記憶に無い)ファミレスの店内にそわそわしていた。
テーブルに置かれた箱を開けて中身を一つ一つ取り出したり、メニューを開いてながめたり。
「これは、何かしら」
「ご注文が決まりましたら押してください」と書かれたボタン。
おそるおそる押してみると
ピンポーン!
「わあっ!」
突然店内に響く音に、カミキは声を上げる。
トレイにグラスを二つ載せて席に戻ってきた中性色は、驚くカミキを見てケタケタ笑う。
「なに自分で押して驚いてんのw
てか、なんで押してんの。誰もいないのに。バカじゃんw」
「おまたせしました。ご注文は?」
眠気眼の店員が中性色の隣に立っていた。
「わーーーーーー!」
中性色が両手を振り上げて、聞いたことが無いくらいの大声を上げた。
その拍子に持っていたトレイごとグラスが吹き飛ぶ。
その場にいた全員、さっと身を引いて回避する。
ガンガラガッシャン!
グラスとトレイが大きな音を立て、ドリンクがぶちまけられた。幸い、グラスはプラスチック製だったから、割れなかったけど、大惨事であるのに違いはない。
「……。」
三人は無言で(なんで避けたんだ)(中性色のせいでしょ)(店員がしっかりしてよ)と目で訴えあう。
(店員さん、なんとかして)という二人の視線を受けて、店員さんは息を吐いた。
「……モップ持ってきます」
店員さんは頭をぽりぽり掻いて、店の奥に戻ろうとする。が、立ち止まって、
「あー、そういえば注文を取りに来たんだった。
ご注文は?」
店員さんが席についているカミキに向き直る。
急に話を振られたカミキは、慌ててメニューを見る。
「えーと、じゃあ、この和風ハンバーグをお願いします」
「和風ハンバーグ、おひとつ。
セットでライスとスープがありますがお付けしますか?」
「はい」
「ライスは中でよろしいですか」
「はい」
「スープはコーンとオニオンがありますが」
「えっと、じゃあ、オニオンで」
「かしこまりましたー」
店員さんは慣れた手つきで、注文をメモのような機械に入力する。
「あと、ドリンクバー。
それから、旬のフルーツ抹茶パフェ。チョコレートソース、フルーツソース、抹茶ソース、イチゴムース追加、生クリーム増し、ウエハース無しね」
中性色が追加で注文する。メニューも見ていないのにオプションまですらすらと。
店員は先ほどと同じトーンで「かしこまりましたー」と唱える。
「じゃあ、ご注文繰り返します。
和風ハンバーグ。ライス中、オニオンスープのセットがおひとつ。
旬のフルーツパフェの抹茶。チョコレートソース、フルーツソース、抹茶ソース、イチゴムース追加、生クリーム増量、がおひとつ」
「ウエハース無し!」
中性色が口をはさむ。
店員さんは頭をポリポリ掻く。
「あー、はい。ウエハース無し。
で、ドリンクバーでよろしいですか」
カミキが返事する。
「かしこまりました。
ドリンクバーは、……説明しなくていいか」
店員さんは頭を掻きながら、床にぶちまけられたドリンクとグラスを見る。
「なに?何か文句ある?」
中性色がぎろりとにらむと、店員さんはめんどくさいことになると瞬時に察知したのだろう。
「いえなにも。それでは少々お待ちください」
今までで一番無駄のない動きで断って、店の奥に戻っていった。
中性色はチッと舌打ちをして、席に座る。むすっとした顔で頬杖を突き、窓の外に目を向ける。
「せっかくブレンドしたのに……」
とブツブツ文句を垂れている。
カミキはおろおろしていた。
こぼれたドリンクバー。不機嫌な中性色。何から手を付ければいいものか。
(とりあえず、こぼしちゃったドリンク、片付けるべきかしら)
床に広がったドリンクは混ざり合って、黒とも緑とも赤とも取れない色合いになっている。(中性色が運んできたときからそうだった気もしなくはない)
テーブルに置いてあるナプキンを何枚か手に取る。
それを見た中性色は袖をひらひら振って、
「あー。ほっときなよ。
店員がやってくれるんだし」
「そ、そうね」
カミキは取ってしまったナプキンを元に戻そうとして、中性色に「は?」という目で見られる。使い道に困って、そっと脇に避けた。
「た、大変そうよね、店員さん。今一人しかいないのかしら」
カミキは中性色の機嫌をなおそうと、笑いながら話しかける。
「なに?ボクのせいってこと?」
中性色が視線を鋭くしてカミキを見た。
カミキは慌てて両手と首を振る。
「そんなこと!
あっ! そういえば、初めて私たち以外の人を見つけたわね! 誰もいないってわけじゃなさそうね。安心したわ」
カミキが笑顔のまま話題を変えると、今度は中性色の鋭い視線がほんの少し和らいだ。
「まあね。
別にボクは誰もいないなんて考えてなかったけど」
「そっか、そうよね」
うんうん、とうなづくカミキ。
(機嫌はなおったかしら。よかった)
カミキは内心ほっと胸をなでおろす。
「じゃあ、ドリンクバー……? 飲み物を取ってこようかしら」
カミキが言って立ち上がろうとすると、中性色のフードの耳がぴょこんと反応した。
「ボクが行く!」
「あらそう? 私、ドリンクバーってよくわかってないのよね」
先ほどは中性色が行くからと、なんとなくでついて行こうとしたが、実際どういうものか知らなかった。
中性色はあ、そ。と言ってから、少し考える素振りを見せた。
「じゃ、カミキもついて来ていいよ!」
「? 分かったわ」
中性色がどうして一瞬考えこんだのか、少し不思議に感じたが、カミキは中性色の後をついて行く。
並んでいる何の変哲もないドリンクバーを見て、カミキは目を輝かせた。
「わあ、こんなにたくさんの種類の飲みものがあるの? どれを選んでもいいの?」
「そんな、はしゃぐものじゃないと思うだけど」
「こんなにたくさんあるんだもの!
どれにしようかしら」
ドリンクバーに駆けよって、その種類を丁寧に一つずつ見ていくカミキ。
中性色はそれを尻目に、ドリンクバーの脇にあるグラスを取って、まずメロンソーダを注ぐ。
が、グラスの4分の1も入れずに止めて、いったん離れる。
それからグラスを持った状態で器用に腕を組み、顎に萌袖を添えて、わざとらしく「う~ん」と唸る。
その一連の動作を見ていたカミキは、首をかしげる。
「どうかしたの?」
中性色は神妙な面持ちで
「いや、今日はどうブレンドしようかなって」
「ぶ、ぶれんど!?」
自分に無かった発想に、カミキは心底驚く。
100点満点文句無しの反応に、中性色の口元が少し緩む。
「まあ、フツーの人は一つだけがフツーみたいだけど、ボクはブレンドが基本かな!」
と言って、これ見よがしにリンゴジュースを入れる。
「おお、かっこいい……!」とカミキが呟くと、中性色は調子に乗って、その台のボタンを残らず押していく。
カミキも倣って、まずはグラスを手に取る。
(ブレンドはどうしようかしら。私もしてみたほうがいいかしら)
カミキは伸ばした人差し指を、ふらふら宙をさまよわせる。
ジャッ、ジャッ、ジャッと中性色がドリンクバー全種のボタンを押す軽快な音が隣でする。
カミキはとりあえず、爽健美茶のボタンを押した。
みるみる注がれていくので、慌てて指を離す。
それから困って、とりあえず同じお茶の麦茶を注ぐ。
「カミキもブレンドしてるの? ボクの真似ならやめといたほーがいいよ? 初心者がブレンドなんてしたら大事故だし!」
「ええっ、そうなの?」
グラスの中で混ざったお茶を見る。
不安になって、一口味見をした。
所詮お茶を混ぜただけだから、たかが知れている。
問題は中性色。
カミキに言った直後、自分のグラスに入っているものを認識したのだろう。グラスの中の色を見て、一瞬フリーズした。
茶色とも黒とも緑とも言えない色。なぜか不透明なのがまた怖い。
それがグラスなみなみ一杯。
中性色はしばらくしげしげとその液体を見つめて、
「カミキ、交換しよ!」
と言った。
「えっ」
カミキも中性色のブレンドしたドリンクの色を見て、固まる。
「いいじゃん、いいじゃん! ね!」
中性色は自分のグラスを置き、カミキのグラスをひったくった。
「ん? カミキ、これ口付けた?」
「うん。味見を。
苦いけど、飲めない味じゃないわ」
カミキが答えると、中性色は顔をしかめる。
中性色はドリンクバーにそのグラスをセットして、思い切りボタンを押した。
追加されるイチゴオレ。
「これカミキのだから!」
爽健美茶+麦茶+イチゴオレを指さす中性色。
「え、じゃあそっちのは」
カミキが全種混ざったほうのグラスを指さす。
「そっちもカミキの!
ボクは新しいの作るもん!」
カミキは「えぇ……」と困惑した表情を浮かべるけど、中性色はすまし顔。新しいグラスにメロンソーダを満杯になるまで入れた。
「あれ、ブレンドはしないの?」
カミキの言葉をスルー。
眉がピクリと反応したから、聞こえなかったわけではないようだけど。
中性色は萌袖の両手でグラスを持って、ドリンクバーから離れた。カミキも渡されたごっちゃ煮ドリンクと放置されたイチゴお茶オレをトレイにのせて、後をついて行った。
席に戻る途中、カミキの目に、店内に設置されたアナログ時計が目に入る。
そこでようやく、ファミレスに入った目的を思い出した。
「そうだった。時計を探していたんだったわ!」
決して、食事をしに来たわけでも、ドリンクバーで新しい飲み物を開発しに来たわけでもない。
カミキの言葉に、中性色がぴょこんと反応する。
「何、カミキ。まさか忘れてたの? ボクは覚えてたけどね。
どこに時計があるのか見つかってないだけで」
「え? あそこにあるわよ?」
カミキはトレイを持ったまま時計のある方向を指し示す。
「……。」
中性色の背中がちょっと丸くなった。
「時計は、やっぱり4時ちょうどみたいね」
中性色も、顔を上げて時計を確認する。
「止まってる……わけじゃなさそうだね。秒針は動いてるし」
中性色の言う通り、秒針だけは役割通りにチッチッと音を立てて動いている。
二人が立ち止まってじっとそれを見ていると、秒針は時計を一周して12を指した。
が、分針は一瞬震えただけで、12を指したまま。秒針はそれを追いこして、また変わらずチッチッと音を立てて進む。
「これは……。壊れてるわね」
「そうじゃないだろ」
「え? じゃあどういうこと?」
カミキが聞くと、中性色は「さあ?」と肩をすくめる。
「とりま、メロンソーダ重いから、席戻ってからでよくない?」
よく見ると、グラスを持つ中性色の腕がプルプル振るえている。
袖越しに持つからそうなる。おそらく筋力が無いのも原因だけど。
カミキはうん、とうなづいて、腕をプルプルさせる中性色について行った。
「私が持つ? お盆に乗っけていいわよ」
グラスいっぱいのドリンクが二つ乗っているから、気を付けながら中性色にトレイを示す。
中性色は「別にいい」と見向きもしなかった。
(トレイが重たそうだから、遠慮してくれたのかしら)
と、その時のカミキは中性色に優しさを感じたけど、たぶんそういうのではない。
何とか席に戻ると、床に散らばったグラスやトレイが目についた。ドリンクもまだ掃除されていない。
「まだ来てないの? 遅くない?」
中性色はテーブルにグラスを置いて、ふう、と一息つく。
カミキもその向かいに座る。
「忙しいのかしら」
「いやいや、ボクらしかいないじゃん。
絶対サボってるよあの店員。サボりそうな見た目してるし」
「……まあ、確かに」
カミキは店員さんの眠たげな顔を思い出して、うなづく。
中性色はスマホを出して(もちろん袖から)、注文してから何分立ったか確認する。しかし、時計は進んでいないので、どれだけ経ったのか分からなかった。
「ああっ、もう!」
中性色が、呼出ボタンを押した。
ピンポーン
音が鳴ってから少しして、店員さんが頭を掻きながら店の奥から出てきた。目は眠たそうにしょぼしょぼしている。
「ほら、やっぱり。居眠りしてたんだよ」
ニヤニヤする中性色。
店員さんは床の惨事を見て、ちょっと顔をしかめた。
「後でモップ持ってこないと……」
頭を掻いて、ため息をつく代わりに、あくびをする。
「寝ぼけてやんの。ウケる」
ククク、と含み笑いをする中性色に、カミキはそうね、と話を合わせる。
店員さんは、床の片づけを一旦放置することにしたのだろう。
カミキと中性色のもとに来て、言った。
「おまたせしました。ご注文は?」
「……は?」
つづく
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